なぜquatreではなく9uatreなのか
9月9日。
「9」がふたつ並ぶこの日に、Maison de 9uatreの名前に潜んでいる、ひとつの「9」のお話をしてみようと思います。
もしかすると、ずっと「なんで9なんだろう?」と思っていた方がいるかもしれません。
あるいは、そこに9がいること自体、今日初めて気づいた方もいるかもしれません。
おそらく、そのくらいでちょうどいいのです。
はじまりは、quatre-quarts ballet studio
Maison de 9uatreのずっと前には、quatre-quarts ballet studioがありました。
そこから数年をかけてquatre-quarts ballet storeが生まれ、スタジオとストアをまとめるためのquatre-quarts ballet companyへ。
今のMaison de 9uatreへ至るまでには、そんな時間の積み重ねがあります。
quatre-quarts(カトル・カール)は、フランスのシンプルな焼き菓子の名前。
バレエもまた、華やかに見えるもののずっと下にある、シンプルな基礎の積み重ねが大切です。
そのベースの上に、ほんの少し気持ちが上を向くような最後の仕上げを添えられたら。
そんな思いから、「quatre-quarts」という名前は生まれました。

ところが、いた。
「quatre-quarts balletなんて、こんな長くて少し変わった名前をつける人、きっとほかにはいないでしょう」
当時は、そんなふうに思っていたそうです。
ところがある日、偶然、同じ名前のバレエ教室を見つけてしまいました。
「え??
本当に??」
そして、
「こんな変人、ほかにもいたの?」
最初はそんな驚きだったといいます。
けれど、時間が経つにつれて、その驚きは少しずつ別の感覚へ変わっていきました。
何年もかけて育て、自分だけの場所だと思っていた小さな領域へ、誰かが突然入ってきたような感覚。
ただ、かなり特殊な名前だからこそ誰とも重ならないと思っていただけに、どこか自分の大切なものを盗まれたような気持ちもあったそうです。
だったら、qを9に。
とはいえ、「quatre-quarts」という名前そのものは大好きでした。
由来も、自分の中できちんと完結している。
だから、名前を捨てる気はありません。
でも同じは嫌。
でも、quatre-quartsは変えたくない。
そこで思いついたのが、
q → 9
でした。
9uatre。
9とqは、よく似ています。
形も似ている。
そして「9」はキュー、「q」もキュー。
文字の中に紛れ込ませると、案外気づきません。
雑誌の最後の方にある間違い探しなら、最後まで残ってしまいそうな一箇所です。
実は、もう少し踏み込んで、
9u4tre
にしようかと考えたこともあったそうです。
でも、それではすぐに分かってしまう。
誰も気づかない一粒の砂どころか、道を塞ぐかのような大きな岩です。
それでは面白くない。
「9」ひとつくらいが、遊ぶにはちょうどいい温度だったのでしょう。
そして、とても現実的な理由も。
quatre-quartsは、お菓子の名前としてあまりにも有名です。
インターネットの世界でも、そのままの名前ではURLひとつ取るにもなかなか難しい。
ところが、先頭を「9」にしてみる。
すると突然、誰もいなくなりました。
それまで混み合っていた場所のすぐ隣に、誰も気づいていない小さな空き地を見つけたようなものです。
この「誰も気づいていない場所を見つけた」という感覚は、やがてMaison de 9uatreを見つけてくださった方にも、そっと持ち帰っていただけたらと思うようになりました。
「私が見つけたバレエショップ」
「私しか知らない、好きな場所」
そんなふうに。
でも、9は少しずつ意味を持ちはじめる
ここまでは、ある意味、とても単純なお話です。
同じ名前が嫌だった。
でも、好きな名前は捨てたくなかった。
だからqを9にした。
けれど長く「9uatre」という名前と一緒にいるうちに、この小さな「わざとの間違い」は、少しずつ別の意味をまとい始めます。
よく見なければ気づかないもの。
気づく人もいれば、気づかないまま通り過ぎる人もいるもの。
そして、ここからのお話は、九十九デザイン発掘社にいるルナ・カスカトール・カスカベ先生が時折話している「月」と「砂」にもつながっていきます。
月を見て、「月が見えている」と思う。

Georges Méliès, Le Voyage dans la Lune, 1902
けれど、私たちが見ているのは月の片側だけです。
その向こう側が見えていないということに、そもそも気づくのか。
気づいたなら、なんとかして見ようとするのか。
それとも、見えないからこそ、その向こうを想像するのか。
砂も同じです。
砂浜という大きな景色の中では、誰も一粒の砂など気に留めません。
けれど、誰かがその一粒に目を留めた瞬間、そこには小さな世界が現れます。
9uatreの「9」も、それによく似ています。
9をひっくり返してみる
9をひっくり返すと、6になります。
9と6。
69。
どこかYin Yang、陰と陽のような姿にも見えてきます。

光があるから影があり、影があるから光が見える。
表と裏。
見えるものと、見えないもの。
正しいものと、わざとの間違い。
そしてバレエ作品『白鳥の湖』にも、オデットとオディールという対になる存在があります。
白と黒。
静けさと強さ。
やわらかさと鋭さ。
互いに対照的でありながら、その両方があることで、作品には奥行きが生まれます。
そして、そうした「見えるもの」と「見えないもの」の関係は、バレエそのものにもよく似ています。
舞台で見えるものは、美しいライン、軽やかな動き、音楽と一緒に流れていく身体。
けれど、その裏側には何度も繰り返した基礎、筋力、重心、失敗、観察、工夫、そして途方もないほど小さな修正があります。
ほんの少しの角度。
ほんの少しの重心。
ほんの少しのタイミング。
気づかなければ同じに見えるものが、そのほんの少しで、まったく違うものになります。
「9uatre」の9も、そんな小さな違いなのかもしれません。
ひとつの9から生まれた秘密基地
その後、この小さな「9」は、さらに少しおかしな方向へ世界を広げていきます。
「九十九デザイン発掘社」という架空の編集部が生まれました。
もちろん、私もその一員です。

そこには、月の裏側を想像したり、一粒の砂について真剣に考えたりする、ルナ・カスカトール・カスカベという少し変わった先生もいます。

そのまま口にすると、どうにも深くなりすぎてしまいそうなことを、ルナ先生なら、もう少し軽やかに話せる。
そうやって、たった一つの「9」という小さな間違いから、いつの間にかひとつの秘密基地まで出来上がってしまいました。
9月9日。
今日、Maison de 9uatreの「9」に初めて気づいた方も。
前から「なんで9なんだろう」と思っていた方も。
ずっと気づかないまま、自然に「カトル」もしくは「キャトル」「クワトロ」と呼んでくださっていた方も。
それもまた、それぞれの温度でいいのだと思います。
正解はありません。
あなたが思うこと、感じることに従えばいいだけ。
見えているものだけが、すべてではない。
でも、見えなかったものにふと気づいた瞬間、昨日と同じ景色が少しだけ違って見えることがあります。
Maison de 9uatreの「9」は、そんな「小さな違和感」として、これからもひっそりここにいるのでしょう。
さて。
あなたには、何が見えましたか?
いつか月を見上げるとき、砂浜を歩くとき、ふとこの「9」を思い出していただけたら。
そんなことを思いながら、9月9日の今日、したためてみました。
Maison de 9uatreの「9」を知ったあとで、もう一度アイテムを見てみてください。
少しだけ、違って見えるものがあるかもしれません。
文:加賀サクラ(九十九デザイン発掘社)
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