趣味はある程度のところまでいくと
趣味を越える瞬間があって
それはクセになるんだよね
クセになるとやめられない
——みうらじゅんさんが、山田五郎さんのYouTubeチャンネルでそう話していた。
相変わらず、すごい言葉のセンスだなと思った。
「趣味」というと、どこか“楽しむもの”という感覚的な響きがある。
でも「クセ」になると、それはもう少し身体に近い。
- やらないと落ち着かない。
- 生活の中に染み込んでいる。
- 呼吸のようなもの。
バレエも、ある地点を越えるとそうなるのかもしれない。
例えば今あなたが40歳として、70歳まで続けると仮定する。
週1回のレッスンなら、1年で約52回。
52回 × 30年 = 1,560回。
でも実際は、休み、体調、予定、気持ちの波などもある。
年間45回くらいがリアルだろう。
そうすると、生涯バレエレッスン回数は約1,350回。
1,350回。
数字だけ見ると多く感じる。
けれど、“毎日1レッスン受ける人生”に換算すると、たった3年半〜4年弱ほど。
そう思うと、大人バレエの1回って急に愛おしく見えてくる。
- 週に一度、やっと時間を作って。
- 仕事や家事の合間に。
- 体調や気持ちを整えて。
- 時には雨の日に重い足を動かして。
そんなふうにして、ようやく辿り着くレッスン。
行くとなれば、
- 出かける前に「今日はどのウェアにしよう」と引き出しを開ける。
- 鏡の前で髪を結ぶ時間。
- バーを握る瞬間。
- ピアノの最初の音。
全部が限りある回数の中にある。
時間銀行はない。
音符貯金は可能。
でもそれは目的があって貯めた音符たち。
使わないのであれば、貯めても消えてなくなる。
もしも、
一音符、一万円だとしたら?
結構高額だな、と思う設定で丁度良い。
プレパレーションに出遅れただけで、2、3万円は散財している。
結構な赤字だ。
時間も音符も、貴重なのだ。
ここ数年、ずっとピルエットについて考えている。
できたら達成感のあるものの一つ。
でも同時に、何年も同じ場所で止まり続ける人もいる。
例えば4番プリエからピルエットへ入る直前のタイミング。
本来そこだけが極端に難しいわけではない。
なのに、その箇所だけに何年も費やしているケースがある。
もちろん努力不足ではない。
真面目に取り組んでいる人ほど、そこにハマる。
でも、ふと思った。
壊れたレコードみたいに、ずっと同じ箇所でプツンプツンとなるのであれば、
いっそその方法を捨ててもいいのではないか、と。
あと何回、生涯でレッスンができる?
限りある回数の中で、同じ箇所だけに何年も費やすより、
別ルートを試した方が、その人の身体が開くこともある。
それでもダメなら、また別の道。
工夫しながら進むことで、時間も音符も無駄にしない。
「つま先」についても同じことを思う。
言ってみれば、「つま先を伸ばせばいいだけ」のことである。
が、しかし。
いくら伸ばす方法を伝授しても、まぁるいままの人は多からず少なからず。
伸ばそうと思って伸ばしている人は、果たしているだろうか。
ピルエットもそうだが、回ろうと思った瞬間に崩れる。
あれは
「回っているように見せつつ、高度なバランス感覚の上で成り立っている」
という、まずはベースありき。
それを飛び越えて回ろうとするから、回るどころか、崩れる。
つま先も同様。
伸ばそうとそもそも思うから(思ってない人もこの場合いるかも)、伸びない。
伸ばす云々の前に、まずはどこへ行きたいのか、が明確ではないから、
つま先が伸びないのだと思う。
つまり、つま先は、“行きたい方向”をただ指しているだけなのだ。
- 前に進みたい。
- 向こう側へ行きたい。
その照準を、身体の末端で合わせている。
だからピケで立つ時も、ジャンプする時も、
本来つま先は「あそこへ行きたい」を語っている。
逆に、ただ浮遊しているだけなら、行き先不明ゆえつま先も伸びない。
昨今、つま先の伸ばし方指南のようなものをよく見かける。
もちろん技術として必要な部分もある。
でも、それができるようになったとしても、
当の本人が目的地を知らなければ、つま先は丸いまま。
削りたての鉛筆のような、
針の先のような、
方向を示すコンパスのような鋭いつま先には、到底なれない。
弓を引いて、照準を合わせ、放つ。
行き先を示す先の尖った「矢印→」
バレエの感覚は、むしろこちらに近い。
矢先だけ整えても意味はない。
どこをどうやって狙うのか。
どこへ向かいたいのか。
その意志が身体を通り、最後に末端へ現れる。
だから本当に方向が定まった身体は、自然に尖っていくのだと思う。
その後に「つま先を伸ばす」という意思でもって床を感じ、目的地へと向かう。
ここで言う「目的地へ行く」ということは、すなわちきっと苦手な人が多いと思われる
「振り付け(順番)を即座に覚える」ということ。
これについては過去記事で触れているので、気になられたら読んでみて欲しい。
雑観
先日、バッハの「フーガ」の構造について読んでいて、とても腑に落ちた。
カノンは、主題をそのまま反復する形式。
一方フーガは、主題を変形しながら反復していく形式だという。
これを見た時、ピルエットのことを思い出した。
何年も同じ場所で詰まる。
なら、その方法はいったんやめてみる。
- タイミングを変える。
- 入り方を変える。
- 意識を変える。
- 呼吸からやり直す。
同じ「できない」を何度も反復するのではなく、
違う工夫をすることで、道が開ける。
できない要素を反復しすぎると、それが自分のデフォルトになる、
これが一番厄介。
いろんな工夫という名の「お試し」をやりつつも、主題(やりたい事や理想)は変わらない。
「ピルエットを成功させたい」
そこだけはずっと流れている。
大人バレエは、カノンではなく、フーガのように進むものなのかもしれない。
参考:
画像タップ(クリック)で、それぞれのリンク先をご覧いただけます。
実は…
わたしの心の師 "MJ" こと、みうらじゅんさんは九十九デザイン発掘社で展開している
架空で謎の『月の星の砂の占の館の導き手』 ルナ・カスカトール・カスカベ先生』
のモデルなのです。
現在先生はとある場所の砂の発掘に行かれており、お休み中ですが、
また復活した際はどうぞよろしく。
このイラストを見ても、とてもわかりやすい解説をされています。
リンク先ではそれぞれの音楽の違いをYouTubeでも聴けるようにリンクがありますので、
ぜひ聴き比べしてみてください。
■ シリーズ『深呼吸のリズムで踊る、大人のためのバレエのススメ』
このシリーズではquatre-quarts ballet studio 講師の「わたし」が
日々感じたことを徒然に綴っています。
このシリーズは前回の「その4」で一旦最終回としていたのですが、
引き続き読んでみたい、と仰ってくださる方々に支えられ、
今回の「その5」もしたためてみました。
ぜひご感想もお気軽にお寄せください。
このシリーズはこのバナーが目印。ぜひ他の投稿も遡ってご覧ください。
文:quatre-quarts ballet studio 講師の「わたし」





