雨の日に届いた、一冊の本。

雨の日に届いた、一冊の本。

October 20, 2026

先日、久しぶりにスタジオを訪ねてくれた人がいました。

長くカトルのバレエスタジオに通ってくれていた彼女は、家族が増え、忙しい毎日の中で、今はバレエを少しだけ「ポーズ」しています。

その日は雨でした。

静かな雨の中、一冊の本を届けるためだけに、わざわざ足を運んでくれたのです。

彼女は毎年、わたしの誕生日を遠くから密かにお祝いしてくれている、とても清らかな人。

雨の中に佇む彼女の静けさと、その日の雨音が妙に似合っていたことを、今も覚えています。

 

いただいたのは、サイン入りの絵本。

 

一人一冊までという制限があったそうで、彼女は二日続けて並び、自分の分と、わたしの分を求めてくれたのだとか。

その背景が、なんとも愛おしい。

あぁ、彼女らしいな。

そう思ったら、ふっと顔が緩みました。

ありがとう、だけでは伝わらないような。

でも、ありがとう以外に言葉が見つからない。

そんな気持ちで受け取った一冊でした。


大切なものほど、触れられない。

実は、この本をいただいてから今日まで、ずっとビニールを外さずにいました。

本棚に飾って、ときどき眺めては、またそのままに。

わたしは本当に気に入ったものほど、大切にしすぎて、なかなか使えないところがあります。

綺麗なままで取っておきたい。

触れてしまうのが、なんだかもったいない。

けれど、この本を開けなかった理由は、それだけではありませんでした。

 

『あのねこは』

タイトルを見ただけで、なんとなく分かってしまったのです。

きっと、悲しくなる。

わたしには、もう会えない「あのこ」がいます。

どれだけ会いたいと思っても、もう戻っては来ない。

そんな当たり前で、どうしようもないことを、もう一度思い知らされるのが怖かった。

だから、気持ちの準備ができたら、ゆっくり読もうと思っていました。

でも、そんな準備が整う日なんて、きっと来ないのでしょう。


そして、今日。

秋のフーディーの写真を撮り直そうと思い、ラグの上に広げていました。

ラベンダーにオレンジ。

10月にふさわしい色。

Hoodie | POWERED BY TERPSICHORE

 

その色に似合うものはないかと部屋を見渡したとき、ふと本棚の一冊が目に留まりました。

あ、あの本。

最初は、ただ色合いが似合いそうだと思っただけでした。

それが不思議なきっかけになって、今日、ようやくビニールを外し、ページを捲ることになったのです。

 

 

『あのねこは』

最初から嫌な予感しかしない。

やっぱりだ。

最後まで読めない。

 

これは、やさしい気持ちで過ごした日々がある人が読むと、文字が滲んで見えなくなる本。

涙で文字が見えなくなった先には、静かな表情。

ふと、描かれた少女の面影に、広田レオナさんを思い浮かべました。

そして、ハッとするような色使いが目に飛び込んでくる。

石津ちひろさんの言葉と、宇野亞喜良さんの絵。

悲しさの中に、美しさがありました。

 

今日、この本を開いたのは、心の準備が整ったからではありません。

ただ、自然な流れに身を任せただけ。

もしかしたら、あのこからの小さなテレパシーだったのかもしれません。

「そろそろ、開いてみたら?」

そんなふうに。

もちろん、本当のところは分かりません。

でも、そんなことを思ってしまうほど、不思議で自然な出来事でした。


わたしたちは、当たり前のように毎日を過ごしています。

いつもの場所に、いつもの誰かがいること。

同じ時間を過ごし、同じ景色を眺めること。

明日もまた、そうして過ごせると思っていること。

それが実は、ものすごく幸運なことなのだと。

今日、もう一度。

そして、雨の日にこの本を届けてくれた彼女へ。

あなたが使ってくれた時間も、その静かな優しさも、ちゃんと一緒に届いています。

ありがとう。

やっぱり、それ以外の言葉が見つからないけれど。

心を込めて。


『あのねこは』
石津ちひろ 文/宇野亞喜良 絵
フレーベル館、2019年刊


 

文:quatre-quarts ballet studio 講師の「わたし」

 

 

 

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